感謝の心を持つ

感謝の心を持つ ――観世音菩薩に学ぶ、幸せを見つける生き方

私たちは日々、何気ない毎日を生きています。

朝起きて、顔を洗い、ご飯を食べ、外に出る。

当たり前のように繰り返される一日ですが、そこには数えきれないほどの「支え」があります。

空気があること。

水が飲めること。

誰かが作ってくれた食事があること。

道があり、家があり、言葉を交わせる人がいること。

しかし私たちは、それらを「当たり前」と感じた瞬間から、感謝する心を忘れてしまいます。

そして、足りないもの、うまくいかないこと、不満ばかりに目を向け、心を苦しくしてしまうのです。

仏教は、そんな私たちに静かに語りかけます。

感謝の心を持つとき、世界の見え方は変わる。

その教えを、もっともやさしい姿で示してくださるのが、観世音菩薩です。

観世音菩薩とは、どのような菩薩か

観世音菩薩は、「世の音を観る」と書きます。

世の中に生きる人々の声、苦しみ、悲しみ、叫びを、もらさず聞き取り、救いの手を差し伸べる菩薩さまです。

観世音菩薩の特徴は、

「救う側」と「救われる側」をはっきり分けないところにあります。

苦しむ人の立場に立ち、

同じ目線で耳を傾け、

共に涙を流しながら、

静かに道を照らしてくださる。

その姿は、

「生きているだけで、すでに多くの恵みを受けている」

という事実に、私たちを気づかせてくれます。

感謝の心は、苦しみの中でこそ育つ

感謝というと、

うれしいとき、順調なときにするもの、

そう思われがちです。

しかし、観世音菩薩の教えにおける感謝は、

苦しみのただ中でこそ生まれるものです。

病気になったとき、

健康だった日々のありがたさに気づく。

別れを経験したとき、

共に過ごした時間の尊さを知る。

観世音菩薩は、

苦しみを無理に消そうとはしません。

その中にある、小さな光に気づく力を、

私たちの中に育ててくださるのです。

それが、

感謝の心を持つ

という修行なのです。

なぜ感謝すると、心が楽になるのか

不思議なことに、

感謝の心を持つと、心は少し軽くなります。

それは、

「ないもの」から

「すでにあるもの」へと、

視点が移るからです。

苦しみの中にいるとき、

心はどうしても狭くなり、

自分の不幸ばかりを数えてしまいます。

けれど、

・今日も目が見える

・声が出る

・話を聞いてくれる人がいる

そうした事実に気づいた瞬間、

心は少し広がります。

観世音菩薩の慈悲は、

この「気づき」を通して、

私たちを救ってくださるのです。

感謝の心は、人を優しくする

感謝の心を持つ人は、

自然と優しくなります。

それは、

自分が多くの支えの中で生きていることを知っているからです。

誰かに迷惑をかけずに生きている人は、

一人もいません。

私たちは皆、

見えないところで助けられ、支えられています。

観世音菩薩は、

その事実を思い出させてくださいます。

だから、

人の失敗にも寛容になれる。

自分の未熟さも許せる。

「お互いさま」という言葉が、

心から理解できるようになるのです。

感謝は、言葉にしてこそ深まる

感謝の心は、

心の中だけで思っているだけでは、

すぐに薄れてしまいます。

だから仏教では、

感謝を形にすることを大切にします。

「ありがとう」と口に出す。

手を合わせる。

頭を下げる。

それらは形式ではありません。

自分の心を整える、大切な行いです。

観世音菩薩の前で手を合わせるとき、

私たちは願い事だけでなく、

「ここまで生かしていただいて、ありがとうございます」

と、感謝を捧げることができます。

その瞬間、

心は静かに整い、

前を向く力が生まれます。

自分自身にも、感謝の心を向ける

感謝の心を持つという教えには、

もう一つ、大切な意味があります。

それは、

自分自身にも感謝することです。

今日まで生きてきた自分。

失敗しながらも、

悩みながらも、

ここまで歩いてきた自分。

観世音菩薩は、

「よく頑張ってきましたね」

と、私たち一人ひとりに声をかけてくださっているように思えます。

自分を責め続ける心は、

感謝を忘れた心です。

自分をねぎらうこともまた、

仏道の大切な一歩なのです。

日常に生かす、観世音菩薩の教え

特別な修行をしなくても、

感謝の心は、日常の中で育てられます。

・朝起きたとき、今日を迎えられたことに感謝する

・食事の前に、命をいただくことを思う

・一日の終わりに、小さな「ありがとう」を振り返る

その積み重ねが、

人生の重さを、少しずつ軽くしてくれます。

観世音菩薩の教えは、

遠い世界の話ではありません。

今ここに生きる私たちの、

足元を照らす教えなのです。

結びに ――感謝の心を持つということ

観世音菩薩は、

私たちに完璧な心を求めてはいません。

怒ってもいい。

愚痴を言ってもいい。

感謝できない日があってもいい。

それでも、

ふと立ち止まり、

「今日も生かされているな」

と気づけたなら、

それで十分なのです。

感謝の心を持つ。

それは、

苦しみを否定することではなく、

苦しみの中に光を見出す生き方。

観世音菩薩は、

今日も変わらず、

私たちの声を聞きながら、

感謝に気づく道を、静かに示してくださっているのです。

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