
心は大きく豊かに ――観世音菩薩に学ぶ、受けとめる生き方
私たちは日々、さまざまな出来事の中で生きています。
思いどおりにいく日もあれば、
理不尽に感じる日、
心がささくれ立つ日もあります。
そんなとき、
心は知らず知らずのうちに小さくなっていきます。
「あの人の一言が許せない」
「どうして自分だけが」
「損をした、傷つけられた」
心が狭くなっていると、
ほんの小さな出来事にも振り回され、
苦しみがどんどん膨らんでしまいます。
仏教は、こうした私たちの姿を否定しません。
むしろ、誰にでも起こる自然な心の動きだと、静かに受け止めます。
そして、そっと示してくれるのです。
心は大きく豊かに。
この言葉は、
苦しみの中でこそ思い出したい、
観世音菩薩の教えそのものなのです。
観世音菩薩とは、どのような存在か
観世音菩薩は、「世の音を観る」と書きます。
この世に生きるあらゆる人の声、
言葉にならない嘆きや叫びまで、
もらさず聞き、受けとめる菩薩さまです。
その姿は、
怒りも、悲しみも、愚かさも、
すべてを包み込む大きな心の象徴です。
もし観世音菩薩の心が小さかったら、
世の中の苦しみは重すぎて、とても受けとめきれないでしょう。
だからこそ、観世音菩薩の心は、
広く、深く、そして豊かなのです。
心が大きいとは、どういうことか
「心が大きい人」と聞くと、
怒らない人、
何を言われても動じない人、
そんなイメージを持つかもしれません。
けれど仏教が説く「心の大きさ」は、
感情をなくすことではありません。
腹が立つこともある。
悲しくなることもある。
妬んでしまうこともある。
それでも、
「そんな自分も含めて」
そっと抱きとめられる心。
それが、心は大きくという教えです。
観世音菩薩は、
清らかな心だけを救うのではありません。
迷い、弱り、揺れる心こそを、
そのまま受け入れてくださいます。
心が豊かとは、どういうことか
では、「心が豊か」とは何でしょうか。
お金があること。
物に恵まれていること。
成功していること。
それらも一つの豊かさかもしれません。
しかし、観世音菩薩の教えにおける豊かさは、
もっと静かで、深いものです。
それは、
分け与えられる心です。
優しさを、
思いやりを、
時間を、
言葉を。
自分の中に少し余白があるからこそ、
誰かの苦しみを受けとめられる。
心が豊かになるとは、
抱え込む量が増えることではなく、
流れがよくなることなのです。
心が小さくなるとき、人は苦しむ
私たちが苦しいと感じるとき、
多くの場合、心は「自分のことでいっぱい」になっています。
自分が傷ついた。
自分が損をした。
自分が正しい。
それ自体は、決して悪いことではありません。
けれど、その状態が続くと、
心はどんどん硬くなり、
世界が敵だらけに見えてきます。
観世音菩薩は、
そんな私たちに、無理に変われとは言いません。
ただ、
「少し、心を広げてみませんか」
と、そっと問いかけてくださいます。
心を大きくする第一歩 ――聞くこと
心を大きく、豊かにする第一歩は、
人の話を聞くことです。
相手の立場に立とうとする。
すぐに判断しない。
最後まで耳を傾ける。
観世音菩薩は、
まず「聞く」ことから始める菩薩さまです。
聞くことは、
相手の世界を、自分の心に迎え入れること。
それだけで、心の器は少しずつ広がっていきます。
心を大きくする第二歩 ――許すこと
許すとは、
相手を正当化することではありません。
自分が我慢し続けることでもありません。
「いつまでも、その出来事に縛られない」
という選択です。
観世音菩薩の慈悲は、
過去に縛られた心を、
そっとほどいていく力を持っています。
許すことで、
心の中に空間が生まれ、
そこに新しい風が通ります。
それが、心の豊かさです。
心を大きくする第三歩 ――自分を責めすぎない
観世音菩薩の教えで、
見落とされがちですが、とても大切なことがあります。
それは、
自分にも慈悲を向けることです。
できなかった自分。
失敗した自分。
弱い自分。
そうした自分を責め続けると、
心は縮こまり、
他人にも優しくできなくなります。
観世音菩薩は、
「まずは、自分を抱きしめなさい」
と、教えてくださっているように思えます。
観世音菩薩の心を、日常に生かす
特別な修行をしなくても、
観世音菩薩の教えは、
日常の中で生きています。
・一呼吸おいてから言葉を発する
・相手の事情を想像してみる
・今日一日を振り返り、自分をねぎらう
その一つひとつが、
心を大きく、豊かに育てていきます。
結びに ――心は大きく豊かに
観世音菩薩は、
私たちに完璧を求めていません。
ただ、
少しずつでいい。
昨日より少しだけ、
心を広げてみよう。
心は大きく豊かに。
この言葉は、
他人のためだけでなく、
自分自身が楽に生きるための教えでもあります。
苦しみの多い世の中だからこそ、
観世音菩薩のように、
大きく、豊かな心で、
今日という一日を歩んでいきたいものです。

