りゅうじゅ

龍樹が説いた「空」とは何か

――「何もない」ではなく、「固まったものがない」という智慧

仏教の中で「空(くう)」という言葉ほど、誤解されやすい教えはないかもしれません。

「空っぽ」「虚無」「どうせ何も意味がない」

そう受け取られてしまうことも少なくありません。

しかし、龍樹が説いた「空」は、絶望の教えではなく、むしろ人を最も自由にする教えです。

龍樹は2~3世紀頃に活躍したインドの僧で、大乗仏教の理論を体系化した人物です。

彼が中心的に説いたのが、「空」の思想でした。

では、龍樹は何を伝えたかったのでしょうか。

「空」とは「存在しない」という意味ではない

まず、はっきりさせておきたいことがあります。

空とは「存在しない」という意味ではありません。

龍樹は、

「この世のものは“まったく無い”とも言えないし、“完全にある”とも言えない」

と説きました。

ここが、とても大切なところです。

たとえば、一本の湯のみを思い浮かべてください。

私たちはそれを見て、

「これは湯のみだ」

と何の疑いもなく言います。

しかし、よくよく考えてみるとどうでしょう。

・土を掘り

・水を加え

・形を整え

・窯で焼き

・人の手によって完成した

これらの条件が一つでも欠けていれば、湯のみは存在しません。

つまり湯のみは、

単独で、最初から最後まで「湯のみ」として存在しているわけではないのです。

これを仏教では「縁起(えんぎ)」と呼びます。

龍樹は「縁起」と「空」は同じだと言った

龍樹は、次のような有名な言葉を残しています。

「縁起しているものを、空という」

これはとても深い言葉です。

縁起とは、

「すべてのものは、原因と条件によって一時的に成り立っている」

という教えです。

つまり、

・人も

・物も

・感情も

・考えも

すべては、何かに支えられて、しばらくの間そうなっているだけ。

それ自体で固定された正体を持っていない。

この「固定された正体がない」という事実を、龍樹は「空」と呼びました。

「自性がない」ということ

龍樹の思想の核心は、「自性(じしょう)」という言葉にあります。

自性とは、

「それだけで、変わらず、他に依存しない本質」

のことです。

龍樹は、

すべての存在には、この自性がない

と言いました。

たとえば「怒り」を考えてみましょう。

怒りは、

・相手の言葉

・そのときの体調

・過去の経験

・思い込み

こうした条件が重なって生まれます。

条件が変われば、怒りはすぐに消えてしまいます。

つまり、

怒りには「これが怒りだ」という固定された核はない。

これが「空」です。

空を理解すると、なぜ心が楽になるのか

ここで、日常の例を挙げてみましょう。

例①「私はダメな人間だ」という思い

私たちは時々、

「自分はこういう人間だ」

と決めつけてしまいます。

・私は失敗ばかりする

・私は嫌われる

・私は価値がない

しかし、龍樹の空の教えから見るとどうでしょう。

「ダメな自分」というのも、

過去の出来事や評価や感情が、一時的に集まった姿にすぎません。

条件が変われば、別の姿になります。

固定された「ダメな自分」など存在しない。

この理解は、自分を責める鎖をほどいてくれます。

例② 人間関係の苦しみ

「あの人は、こういう嫌な人だ」

と思い込んだ経験はないでしょうか。

しかしその人も、

・家庭環境

・仕事の状況

・その日の気分

さまざまな条件の中で、たまたまそう振る舞っているだけです。

相手にも「固定された性格」はありません。

これがわかると、

怒りや憎しみは、少しずつ力を失っていきます。

空は「どうでもいい」ではない

よくある誤解に、

「空を理解すると、何もかもどうでもよくなる」

というものがあります。

しかし龍樹は、真逆のことを示しました。

空だからこそ、変えられる。

空だからこそ、関われる。

もしすべてが固定されていたら、

努力も、成長も、救いも不可能です。

空であるからこそ、

人は学び、悔い改め、優しくなれる。

これは、冷たい思想ではありません。

とても温かい現実の見方なのです。

中道という生き方

龍樹は、

「ある」「ない」

「善」「悪」

「正しい」「間違い」

といった極端な考えに執着することを戒めました。

それを「中道(ちゅうどう)」と呼びます。

・完全に存在するわけでもない

・完全に否定されるわけでもない

その“あいだ”に立つ。

これが、龍樹の示した生き方です。

空を生きるとは、柔らかく生きること

空を理解するとは、

世界を柔らかく見ることです。

自分も、他人も、出来事も、

固まったものではない。

だから、

・許せる

・待てる

・やり直せる

龍樹の空は、

「頭で理解する哲学」ではなく、

「苦しみをほどく智慧」でした。

結びに

龍樹は言葉を尽くして、

「つかまないこと」

を伝えようとしました。

つかまないからこそ、落ち着く。

つかまないからこそ、自由になる。

空とは、

何もない世界ではなく、可能性に満ちた世界なのです。

今日、少し心が苦しくなったとき、

「これは固定されたものだろうか」

と、そっと問いかけてみてください。

その問いそのものが、

すでに龍樹の空の実践なのです。

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