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もったいないオバケさんと古い家のおはなし(約5000字)
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わたしの家は、少し古い家でございます。
柱の木目には長い年月が刻まれ、夕方になれば西日がすっと差し込んでは、まるで家そのものが「今日も一日おつかれさま」と言ってくれているように思える、そんな静かな家です。
けれども、古い家というのは、長年働き続けた身体のように、あちらこちらに小さな疲れが出てくるものです。
特に水まわりの疲れというのは、ごまかせばごまかすほど「あとからドン」と返ってくるもの。
この家でも、ここ数年で三度も水漏れを起こしてしまいました。
その原因のひとつに、ちょっとした“お客さん”が関係していたのです。
――そう、「もったいないオバケさん」。
聞いたことはありますでしょうか。
日本には昔から、物を粗末にしたり、無駄遣いをしたりすると「もったいないオバケ」がやってくる、そんなお話があります。
本来は、子どもたちに物を大切にしなさいと伝えるための、優しい戒めのお話です。
ところがわたしの家に来るもったいないオバケさんは、どうも几帳面すぎるところがあるようなのです。
◆
たとえば、わたしがシャワーを浴びているとき。
ほんの少し、シャンプーを泡立てている間に水を出したままにしていると、背後にすぅーっと気配がして、
「……もったいないよ」
そんな小さな声が聞こえるような気がするのです。
そして次の瞬間、
“ガンッ!”
と、水が急に止まり、まるで水道管が悲鳴を上げたような衝撃音が響きます。
もう少し優しくてもよいのですけれど、どうやらオバケさんは、“無駄を許さぬ正義感”にあふれているらしく、手加減を知らないのです。
洗濯機の給水でも同じことが起こりました。
洗剤を入れて、ふと目を離した瞬間、またもや
“ガンッ!”
ピタリ、と水が止まる。
「はい、節水」
そんな表情をしている気配が背後から伝わってくるのです。
ところが――
この“ガンッ”が、家の水道管にとっては、とんでもない負担だったのです。
◆
ある日のこと。
いつものように台所でお湯を沸かしていると、床にぽたり、ぽたりと水の跡が。
「またか……」
三度目の水漏れでした。
業者さんに見てもらうと、古い配管が急に閉じられる衝撃に耐えきれず、弱ってしまっているとのこと。
まるで、急ブレーキを何度もかけられて悲鳴を上げた車のようでした。
ほかならぬ家自身が痛んでいることに気づき、
「これはさすがに何とかしてあげねば……」
そう思ったわたしは、家を守るための方法を探し始めました。
◆
調べていくと、「ウォーターハンマー防止装置」というものがあると知りました。
急に水が止まると水圧が暴れてしまい、水道管がガツンと揺れる
――これを“ウォーターハンマー”というそうです。
そんな“衝撃”を吸収してくれる小さな装置があるとわかると、
「これは、この家のためにもったいないオバケさんのためにも必要だ」
そう思い、すぐさま購入して取り付けました。
装置をつけるその瞬間、わたしは水道管にそっと語りかけたのです。
「今までよく頑張ってくれたね。これからは少し楽になるよ」
◆
取り付けたその日から、シャワーの音が変わりました。
シャンプーを泡立てていると、背後にふと気配がする。
「……そろそろ止めたほうが……」
と、もったいないオバケさんが口を開こうとする。
しかし――
水が止まっても、
“ガンッ!”
は聞こえません。
代わりに、
“ふわり”
と、やわらかな空気のような感触で水が静かに止まるのです。
オバケさんは驚いたように、キョトンとしていました。
「え? なんだか静かだね……」
そう言っているように見えました。
洗濯機でも同じでした。
どれだけ突然水を止めても、もう家が怯えることはありません。
古い水道管が、ようやく肩の力を抜いてくれたように思えました。
◆
この出来事から、わたしはひとつの「気づき」を得ました。
“良かれと思ってやっていることも、誰かを傷つけてしまうことがある”
ということです。
もったいないオバケさんは、何も悪気があったわけではありません。
ただ「無駄をなくしたい」「大切に使ってほしい」その思いが強すぎただけなのです。
けれど、その強さが、家にとっては負担となっていた。
わたしたちも同じかもしれません。
正しさを押しつけすぎてしまったり、
相手の気持ちを思うあまり空回りしてしまったり、
知らず知らずのうちに、誰かを苦しめてしまうことがあるのです。
だからこそ――
ただ正しければ良いのではなく、
“やさしい正しさ”
が必要なのだと思いました。
急に止めるのではなく、
ふわりと受け止めること。
衝撃ではなく、柔らかさで伝えること。
それは、人と人との関わりでも大切なことではないでしょうか。
◆
その後のわが家は、以前よりもずっと静かで穏やかになりました。
もったいないオバケさんも、
「なんだか前より気持ちがいいね」
と、嬉しそうにしているように感じます。
水道管もラップ音のような悲鳴をあげなくなり、
古い家ながらも安心して暮らしていける、そんな穏やかな日々が戻ってきました。
無駄をなくすことも大切。
でも、それ以上に大切なのは、
“誰も傷つけないやさしさを添えること”。
それを教えてくれたのは、几帳面すぎるけれどどこか愛らしい、あのもったいないオバケさんでした。

