心のシャッター

このたび、必要に迫られてパソコンを取り替えることになりました。これまで使っていた機種では、ウィンドウズ11が動かなかったからです。時代は進み、機械もまた移ろっていきます。私たちもまた、その変化の波の中に生きています。

新しく購入したパソコンには、カメラが付いておりました。そして驚いたことに、そのカメラには「プライバシーシャッター」が付いていたのです。小さなレンズの前を、物理的にカチリと閉じることができる仕組みです。

しかし私は、そんなことを知りませんでした。

テレビ会議の時間になり、相手の方は画面に映っておられるのに、こちらの映像が映らない。設定を見直し、あちらこちらを触り、右往左往。どうして映らないのだろうと焦りが募ります。けれど原因は実に単純でした。シャッターが閉じていただけなのです。

知らない、ということは、こういうことです。

原因は目の前にあるのに、気づかない。

仕組みは用意されているのに、理解していない。

やがて、カメラが起動しているときには小さなライトが点灯することも知りました。そして使わないときには、物理的に閉じることができるという安心設計であることも知りました。

プライバシーは大切です。自分を守るための扉は必要です。けれど同時に、相手様と顔を見ながら話ができるありがたさを、改めて実感いたしました。

ここに、大切な学びがあります。

私たちの心にも、実は「シャッター」が付いています。

傷つきたくない。

否定されたくない。

誤解されたくない。

そう思うとき、無意識のうちに心のシャッターを閉じます。それは自分を守るための自然な働きです。決して悪いことではありません。

しかし、閉じたままでは、相手に自分の顔は見えません。

こちらもまた、相手の本当の表情を見ることができません。

カメラのライトが点灯するように、私たちの心にも「いま開いていますよ」という灯りがあるのかもしれません。それは、まなざしの柔らかさであり、声の温かさであり、頷きの深さであります。

仏教では「観る」ということを大切にします。観音さまは「観世音」、世の音を観るお方です。ただ聞くのではなく、ただ見るのではなく、心で観る。

テレビ会議で顔が映らなかったとき、私は少し不安になりました。相手はどう思っているだろう。失礼になっていないだろうか。しかし、シャッターを開けた瞬間、相手の表情がはっきりと見えました。そして、お互いに微笑みが生まれました。

顔が見えるというのは、なんと大きな安心でしょう。

私たちは普段、言葉だけでやりとりすることが増えています。文章だけ、音声だけ。もちろんそれも便利で尊い手段です。しかし、顔を見て話すとき、そこには言葉を超えたものが流れます。目の奥の光。口元の緊張。わずかな息遣い。そこに、その人の「いま」があります。

仏道もまた、顔と顔を合わせる道です。

お寺で手を合わせるとき、法事の席で遺影に向かうとき、そこには「観る」という行為があります。形は違っても、心のシャッターを少し開く時間です。

しかし、常に全開である必要はありません。プライバシーシャッターがあるように、閉じることも大切です。疲れたときは閉じる。傷ついたときは閉じる。無理をしない。

大切なのは、「開け方を知っている」ことです。

私は今回、シャッターの存在を知らずに右往左往しました。けれど知った今は、必要なときに開け、不要なときに閉じることができます。これは安心です。

仏教でいう「智慧」とは、難しい知識のことではありません。物事の仕組みに気づくことです。なぜ苦しいのか。なぜ怒るのか。なぜ寂しいのか。その仕組みを少しでも知ると、右往左往が減ります。

怒りが湧いたとき、「ああ、いま心のシャッターが閉じているのだな」と気づける。

不安が強いとき、「いま自分を守ろうとしているのだな」と理解できる。

それだけで、心は少し穏やかになります。

今回の出来事を通して、私は改めて思いました。顔を見て話ができるということは、奇跡のようなご縁であると。画面越しであっても、相手の存在を感じられることはありがたいことです。

私たちは一人では生きられません。

閉じることも大切。

開くことも大切。

そして、開いたときに灯る小さな光。その光が、相手との間を温めます。

どうか皆さまも、ときどきご自身の心のシャッターを振り返ってみてください。閉じているなら、無理に開かなくてもよい。ただ、開けることができるという事実を思い出す。それだけでよいのです。

そして、開けたときには、目の前の方の顔をしっかり観る。

観音さまのように、静かに観る。

プライバシーは守りながら、しかし孤立しない。

自分を大切にしながら、相手ともつながる。

そのバランスの中に、穏やかな人生があります。

小さなパソコンのシャッターから、そんな大切なことを教えられました。

今日もまた、必要なときに心を開き、必要なときに閉じる。その智慧を忘れずに歩んでまいりましょう。

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