ネコさんの命

――小さな命が教えてくれたこと――

朝の光は、いつもと変わらず差し込んでいました。

カーテンのすき間から入るやわらかな光。

静かな部屋。

そして、いつもの場所に、ネコさんはいました。

丸くなって、眠るように。

いいえ、眠っているように見えるほど、

安らかな顔のままで。

七年という時間は、

人の一生から見れば短いかもしれません。

けれど、ネコさんにとっては、

生まれてから今日までの、すべての時間でした。

その命が、ある朝、

静かに、音もなく、

私たちの前から姿を変えました。

命は、いつも突然に

「昨日まで元気だったのに」

「何の前触れもなかった」

別れの場面で、

多くの人がそう口にします。

けれど仏教では、

命は本来、

いつ終わってもおかしくないもの

として見つめられています。

それは冷たい考え方ではありません。

むしろ、

だからこそ一日一日が尊い、

という教えです。

ネコさんは、

最期まで苦しむ姿を見せず、

騒ぐこともなく、

ただ、いつもの場所で、

いつものように丸くなっていました。

それは、

「もう大丈夫だよ」

と語りかけているようにも見えました。

たとえ話① ろうそくの炎

命は、よく

ろうそくの炎にたとえられます。

炎は、

大きな音を立てて消えることもあれば、

風もないのに、

ふっと消えることもあります。

私たちは、

「いつ消えるか」を知ることはできません。

ただ、

燃えているあいだ、

どんな光を放っていたか

それだけが、確かに残ります。

ネコさんの七年間は、

どんな光だったでしょうか。

朝の目覚め。

足元にすり寄るぬくもり。

何気ない日常の中で、

確かに心をあたためてくれる光でした。

言葉を持たない命の教え

ネコさんは、

「ありがとう」とも

「さようなら」とも言いません。

けれど、

言葉を持たないからこそ、

その存在そのものが、

教えになっていました。

・ただ、そこにいる

・気持ちのよい場所で眠る

・不安になれば身を丸める

・安心すれば、お腹を見せる

それは、

いまを生きる姿

そのものでした。

坐禅も、同じです。

言葉を並べることなく、

評価もせず、

ただ、いまの命として坐る。

ネコさんは、

生きているあいだ、

ずっと坐禅をしていたのかもしれません。

たとえ話② 借りていたもの

仏教では、

「この世のものは、すべて借りもの」

と説かれます。

家も、体も、

そして、共に過ごす命も。

ネコさんは、

七年間、

私たちのもとに

預けられていた命

だったのかもしれません。

別れがつらいのは、

愛していた証です。

悲しみが深いのは、

共に生きた時間が

確かだった証です。

「もっと何かできたのでは」

そう思う気持ちも、

自然な心のはたらきです。

けれど、

ネコさんは、

責める心を持ちません。

ただ、

一緒にいた時間を、

まるごと受け取って、

静かに旅立ったのです。

眠るような別れが語るもの

最期の姿が、

眠っているようだったこと。

それは、

大きな慰めであると同時に、

不思議な問いを残します。

「死とは、何なのか」

仏教では、

死は断絶ではなく、

かたちの変化

として説かれます。

姿は見えなくなっても、

縁は消えません。

ネコさんが残したものは、

毛並みでも、鳴き声でもなく、

あなたの心に刻まれた

あたたかさです。

たとえ話③ 足あと

雪の上を歩いたネコの足あと。

やがて雪は溶け、

足あとは消えます。

けれど、

歩いたという事実は

消えません。

命も同じです。

姿は消えても、

共に生きた時間は、

確かに心の中に

足あととして残ります。

それは、

悲しみだけでなく、

やさしさとして、

これからの人生に

静かに影響を与えていきます。

悲しみは、悪いものではない

「いつまでも悲しんでいてはいけない」

そう言われることがあります。

けれど、

仏教では、

悲しみを無理に消そうとはしません。

悲しみは、

愛の裏返しです。

そのまま感じ、

そのまま涙を流し、

そのまま坐る。

坐禅とは、

悲しみを追い払う修行ではなく、

悲しみと一緒に坐る修行

なのです。

ネコさんのことを思い出し、

胸がきゅっとなるとき、

それは命が、

まだ縁として生きている証です。

結びに

ネコさんの命は、

七年で終わったのではありません。

あなたの心に、

やさしさとして、

静けさとして、

生き続けています。

朝、

ふと足元を見たとき。

静かな部屋で、

気配を感じたとき。

そこに、

もう姿はなくとも、

命のぬくもりは

確かにあります。

どうぞ、

「ありがとう」

その一言だけで、

見送ってあげてください。

それで、

十分です。

小さな命は、

大きな教えを残し、

静かに、

仏さまのもとへ

還っていったのです。

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